『寮長は料理上手』1巻(吉村佳) 感想

 

至高の日常漫画

タイトルからして、料理漫画だと思うだろうか。

あるいは、主人公の悠里たちが暮らす学生寮が元温泉宿ということもあって、お色気漫画だと思うだろうか。

確かに、寮長の麻耶が作る料理はシンプルでありつつもおいしそうだし、期待通り入浴シーンも多い。

特に後者は、作者の吉村佳さんの画力を知っている人であれば垂涎ものだろう。

 

だが、この作品は料理漫画でもなければ、お色気漫画でもない。重要な要素ではあるが、主題ではない。

「海と温泉のまち」衣浜と、そこにある学生寮「伍式館」が舞台のこの作品には、昔ながらの人情が残っている。

困っている人がいれば手をさしのべ、物を落とした人がいれば拾ってあげる。

伍式館の寮則は「寮生は助け合う」であり、炊事や掃除の当番は持ち回り。

寮生たちは居間に集まって食事をし、お風呂にも一緒に入る。

どれも、現代ではあまり見られなくなった光景だ。

どのページにも優しさがあふれていて、読むと温泉に入ったあとのように心が温かくなる。

こんな町で暮らしたい、こんな学生生活を送りたいと思える日常漫画。それが、『寮長は料理上手』だ。

 

吉村佳さんは、過去にまんがタイムスペシャルで『どろんきゅー』を連載していた。

ヒロインの果歩と、彼女に好意を持つ幽霊たちがおりなすギャグ4コマだ。

果歩たち女性キャラは可愛いのに、幽霊はファミリー4コマ誌にあるまじき怖さというギャップが特徴の作品でもある。

その印象が強いため、『寮長は料理上手』の作風があまりにも穏やかすぎることに最初は面食らった。

しかし、思い返せば『どろんきゅー』にも下地はあった。

終盤はそれまでのギャグとホラー路線から一転し、すでに他界している果歩の父親の娘に対する想いや、果歩の親友であるアキとの絆が丁寧に描かれていた。

 

ギャグ漫画家やホラー漫画家には、意外と真面目な人が多いという話を聞く。

異常な世界を描くためには、異常とは何かを理解するだけの常識を知っている必要がある、と。

勝手な推測だが、そうした意味でおそらく吉村佳さんは真面目な人なのだろう。

そして、その誠実さを前面に押し出した作品が『寮長さんは料理上手』なのだと思う。

 

悠里のコミュ力が羨ましい

「海と温泉のまち」衣浜の高校に通うため都会からやって来た悠里は、入学直前にインフルエンザにかかり、入学・入寮が1週間遅れてしまう。

しかし、登校初日の体育の授業で早くもクラスメイトたちとハイタッチを交わしていて、すっかり学校になじんでいる。

町ではお年寄りによく声をかけられ、学校では彼女を部活に勧誘しようとする生徒が後を絶たない。

新しい人に世話を焼きたくなるという、この町に住む人たちの性分なのかも知れないが、話しかけたくなる雰囲気が悠里にはあるのだろう。

 

一方、悠里のように他者との距離が近いタイプは、人見知りな人にとっては天敵だ。

伍式館の寮生の一人・直がまさにそうで、以前は他の寮生たちと一緒に食事をしていたのに、いわゆる「リア充」の悠里を怖がって自分の部屋からほとんど出なくなってしまった。

 

もし私が悠里と同じ立場だったら、避けられていると分かっている人にはこちらからもあまり近づかないようにするだろう。

誰かに拒絶されることほど辛いものはない。それなら、少しでも自分を好いてくれている人と付き合う方が良い。

だが、悠里は「がんばって坂虎口さんとお話ししよう」と思い、むしろ積極的に話しかけるようになる。

もちろん、嫌がらせをしているわけではない。

直は自分のせいで居間でご飯を食べるのを我慢している。だったら、自分と直が仲良くなれば解決すると考えたのだ。

このあたりからして、自分なんかとは発想が違う。

 

ベタベタするだけが友情ではない

思わず羨ましくなってしまうほどのコミュ力を持っている悠里だが、仲良くなった相手とは適切な距離感を保つ思慮深さも備えている。

伍式館の寮長であり、学校のクラスメイトでもある麻耶を、悠里は尊敬している。

毎日寮生の食事を作り、学校では薙刀部に所属し、学級委員長も務めている。

寮でも学校でも忙しく働いている麻耶に比べて、自分は何もせず彼女に甘えているというのだ。

傍から見れば、悠里も麻耶とは別の方向で多才ではあるのだが。

 

ある日の昼休み。麻耶とお弁当を食べようと思った悠里は、薙刀部が練習に使っている道場を訪れる。

しかし、熱心に練習に打ち込む麻耶の横顔を見て、声をかけずその場を立ち去る。

伍式館ではまるで母親のようにふるまっている麻耶だが、学校ではあまり悠里に関わろうとしない。

毎日作っているお弁当も、自分が作ったとは言わないようにと口止めしている。

頼られるのは嫌いじゃないとはいえ、年ごろの女の子。

クラスメイトたちに、寮での生活感にあふれた姿を見せるのは恥ずかしいのだろう。

 

そんな気持ちを察してか、悠里も学校ではほとんど麻耶に話しかけない。

距離を詰めるときはとことん詰め、引くときは素直に引く。

そんなところも、悠里の魅力なのだと思う。