大切なことは、みんな4コマから教わった。心に残る4コマの名ゼリフ5選

「おまえはもう死んでいる」

「あきらめたらそこで試合終了ですよ…?」

 

子どものころに読んだ漫画の中で、今でも覚えているような名ゼリフはないでしょうか?

あるいは、実生活で本当に使ってみて、周りから白い目で見られたことがある人もいるかも知れません。

(ちなみに私も、「何でもは知らないわよ。知ってることだけ」のセリフを使ってみたところ、見事にスルーされました…)

 

4コマにも、読む人の印象に強く残るセリフが数多く存在します。

感動的な場面はもちろん、ときにはギャグシーンにさえドキッとするセリフはあるものです。

ここでは、そんな4コマの名ゼリフの中でも、私が特に大好きな5つのセリフを集めました。

 

なお、今回ご紹介するセリフは、以前Twitterで「#きらら系名ゼリフ」のハッシュタグを付けてツイートしたものです。

他の方が選ぶ名ゼリフは、「『きらら系名ゼリフ』まとめ」でご確認ください。

※「きらら系名ゼリフ」と言っておきながら、きらら以外の作品も普通に選んでいます。

 

 

「人間をなめるな 魔法使い」(宇佐神茜 - 『となりの魔法少女』)


引用:『となりの魔法少女』1巻107ページ

 

魔法少女のあき、理屈少女の茜、普通少女の圭。

『となりの魔法少女』は、3人の少女がときに衝突しながらも絆を深めていく、心温まるストーリー4コマです。

 

茜には、事故に遭い昏睡状態になってしまった最愛の弟・夕がいました。

事情を知ったあきは、自分の魔法を使えば彼を救えるのではないかと茜に提案します。

しかし、魔法の原理はあき自身にもよく分かっていません。魔法の力で目覚めたとして、それが本物の夕なのか、あきの頭の中で考えた夕なのか、確かめようがないのです。

壊れたぬいぐるみを治すような調子で話すあきに対し、茜はくだんの言葉を投げかけます。

 

あきのことを普段、茜は「魔法少女」と呼びます。

「魔法使い」では、まるで童話に登場する「魔女」のようで悪者のイメージがある。愛らしくて思いやりにあふれたあきは「魔法少女」と呼ぶべきだ、と。

あえて「人間」と区別する形で、「魔法使い」という言葉を使う。そのときの茜の気持ち、言われた側のあきの気持ちは、想像するだけで胸が苦しくなります。

 

その後、あきと茜は仲直りをし、親友と呼べる関係に成長しますが、このシーンを読んだときの衝撃は今も忘れられません。

「魔法で作られたものは本物にはならない」。この作品の最も重要なテーマを表すセリフです。

 

 

「いっしょうゆるさないって なあに?」「それはね いつかあの子達の中で風化しても キミは忘れるなってことさ」(サンジュ、クロ - 『棺担ぎのクロ。〜懐中旅話〜』)


引用:『棺担ぎのクロ。〜懐中旅話〜』4巻119ページ

 

大きな棺桶を背負った少女・クロが、「黒い魔女」を探して各地を旅するファンタジー4コマ、『棺担ぎのクロ。〜懐中旅話〜』。

道中でクロは、「はかせ」の実験体だというニジュクとサンジュに出会い、2人を旅に連れていくことにしました。

 

ニジュクとサンジュには様々な特殊能力がある一方、普通の人が持っているはずのものを持っていません。

その一つが、痛覚。特にサンジュは好奇心が強い性格のため、気に入ったものを「ぎゅっと」握りしめる癖があります。

 

旅の途中に立ち寄った町で仲良くなった女の子に、サンジュは仔猫を見せてもらいます。

本人はただ、可愛い動物に触りたかっただけなのでしょう。しかし、サンジュは仔猫の脚をもぎ取ってしまいます。

町を去るとき、女の子に言われた言葉と、その意味が分からないサンジュにクロが伝えた言葉が、冒頭のセリフです。

 

クロの説得の甲斐もあり、サンジュは好きなものを「ぎゅっと」握りすぎてはいけないことを理解します。

いつか、女の子もサンジュを許してくれる日が来るかも知れません。幼いころの哀しい思い出として、次第に記憶から薄れていくかも知れません。

ですが、サンジュが犯した過ちは消えません。

謝り続ける必要はない。サンジュはただ、自分がしたことの意味を考え続けなければいけないのです。

 

 

「『誰か』の代わりに好きっていうのはやっぱり失礼じゃないですか?」(小鶴木ノ子 - 『メロ^3!』)


引用:『メロ^3!』1巻69ページ

 

『メロ^3!』は、オタク男子の本太がなぜか女の子たち3人に好かれてしまうラブコメ4コマです。

タイトルの「^3」は3乗の意味で、「メロメロメロ」と読みます。

 

ヒロインの1人、ころなが本太を好きな理由は、死んでしまったコロスケという愛犬に似ているから。

もちろん、本太を犬扱いしているわけではありません。確かに本太とコロスケは見た目や性格が良く似ていて、ころなが本太を好きになってしまうのも理解できます。

それでもと、同じく本太に好意を寄せる木ノ子は、ころなに問いかけます。なお、コマに写っているのはころなで、木ノ子は表紙画像の真ん中にいる黒髪の子です。

 

かくいう私も、「誰か」の代わりに好きになったキャラクターが何人かいます。
ARIA』のアリスの代わりに『ご注文はうさぎですか?』のチノだったり、『咲-Saki-』の久の代わりに『スロウスタート』の栄依子だったり…。

 

似ているからというのは、何かを好きになるきっかけとしてはむしろ良いと思います。

旅行であれば、イタリアのヴェネツィアが好きだから、水の都と呼ばれる他の場所も訪れてみる。その動機を節操がないと考える人はいないでしょう。

「誰か」の代わりで終わらせず、「誰か」にはない魅力を新しく見つけようとする姿勢が大切なのだと、木ノ子のセリフは教えてくれているのかもしれません。

 

 

「飽きたか枯れたか諦めたか知りませんが 物事に熱中できなくなったのは不憫ですね」(妙子 - 『まろまゆ』)


引用:『まろまゆ』1巻91ページ

 

まろまゆ』は、アニメ化もされた人気作『ぱにぽに』のスピンオフ作品です。

本編では影の薄いキャラとしていじられていたくるみが、喫茶店エトワールでアルバイトをする姿が描かれています。

 

オタクの店長は、親から継いだエトワールを萌え喫茶にしようとあれこれ画策します。

しかし、看板娘のくるみが地味で、口も悪くていまいち萌えないせいで、一向に計画は進みません。

萌え喫茶にはほど遠く、常連客も変な人ばかりですが、それでもなんとか喫茶店を続けられています。

今のままでも別にいいんじゃないか…。店長がそう思いかけたとき、ひょっこり現れた貧乏神の妙子がこの言葉を突きつけます。

 

繰り返しになりますが、かくいう私も「物事に熱中できない」タイプで、学生時代よりもその傾向が強くなっている気がします。

趣味である漫画でさえ、新しい作品は何かきっかけがなければ読もうとしなかったり、読む前から「これは合わなそうだ」と決めつけてしまったり。

ただ、それは最近の漫画がつまらなくなったからなのでしょうか。それとも、自分の感性が古くなったからなのでしょうか。

 

今でもときどき、ふとこのセリフを思い出します。

個人ブログとはいえ、レビューブログを続けている以上は、面白い作品へのアンテナは常に立てておきたい。

知らない、読まない、観ないというのは、決して自慢げに言うことではないと思うのです。

 

 

「私も早く自分の夢を見つけて お姉ちゃんに負けないように頑張らなくちゃ!」(四季秋乃 - 『四季おりおりっ!』)


引用:『四季おりおりっ!』4巻111ページ

 

春菜、夏希、秋乃、冬香の4姉妹の日常を描いた作品、『四季おりおりっ!』。

タイトルや姉妹の名前からも連想できるように、季節の雑学に関する話が多く収録されているのが特徴です。

 

このセリフが登場するのは、物語の終盤。次女・夏希が自身の将来の夢を語ったことに対する、三女・秋乃の返答です。

ただ、このコマだけを引用しても、「よくあるセリフじゃない?」と思われてしまうかも知れません。

無粋ですが、これがなぜ名ゼリフなのかを説明させてもらえたらと思います。

 

昔の秋乃は、いつも夏希の後ろをついて歩く、いわゆる「金魚のフン」でした。

現在の高校に入ったのも、夏希と一緒の学校に通いたかったから。

妹に慕われて悪い気はしないとはいえ、夏希はそんな秋乃を心配していました。

最初は将来の夢を話そうとしなかったのも、言えば秋乃が真似をしてしまう、自分のせいで秋乃の未来を縛りたくないと考えたからです。

 

しかし、多くの出会いや体験を経て、秋乃は立派に成長していました。

今でも、秋乃にとって夏希は大好きなお姉ちゃん。けれど今の彼女が歩く場所は、夏希の後ろではなく隣です。

名前は同じでも、同じ季節は一つもない。去年は葉しか出なかった木が、今年は花を咲かせることもある。

この作品を通して秋乃が歩いてきた道程を示す、紛うことなき名ゼリフです。