まっしろライター

フリーライター・ましろのブログ。マンガ(4コマ)のレビューや、日々思っていることなどを書いています。お仕事募集中。

何かを始めるのに、早すぎるということはない

こんにちは。「まっしろライター」のましろ(@mashirog)です。

先日、『どうして私が美術科に!?』の作者である相崎うたうさんが高校生だったことが明らかになり、きららクラスタに激震が走りました。



まんがタイムきららシリーズの萌え4コマにあまりなじみがない方に向けて、「どうびじゅ」がどれくらいすごい作品かをざっくり説明します。


・有志企画「4コマオブザイヤー」の2017年新刊部門で、200超の対象作品の中で堂々の1位

・2巻と同時に完結する場合が多いきらら作品の中で、2巻以降も連載が続くことが決まっている

・尊い(何)


そんな作品を、高校生の方が学校に通いながら描かれていたのですから、そりゃあ驚きますよね。

さらに、相崎うたうさんは3年前に『つぼみアレンジメント』という読み切り作品も描かれているため、このときはまだ中学3年生だったことに……。



若いのにすごいなあ、と素直に尊敬すると同時に、それに引き換え自分は何をやっているんだろう(何をやっていたんだろう)……という焦りも生まれます。

比べるのもおこがましいのは分かっていますが、今回はそんなお話です。



中学生の時点で将来の夢を決めていたことがすごい

中学3年生でデビューした4コマ漫画家というと、『こみっくがーるず』の作者のはんざわかおりさん(「りぼん」の『いちごオムレツ』でデビュー)もそうですね。

もちろん、マンガ自体はそれよりも前、おそらく小学生のころから描いていたはず。

学校のクラスにひとりかふたり、やたらマンガを描くのが上手な子がいましたが、そういう子の中のひと握りが「漫画家になりたい」と本気で考えて、さらにひと握りが実際に漫画家になるのではないでしょうか。



じゃあ、私の中学時代は何をしていたかというと……、そもそも自我があったのかどうかさえ怪しい。

一応、人並み以上には文章を書くのが好きだからライターになろうと決めたわけですが、ちゃんと文章を書いたり本を読んだりするようになったのは高校生になってから。

中学生のころは、何となく学校に行って、帰ったらマンガを読んだりゲームをしたりしているような子どもだったと思います。


夢を叶えるために行動をしたことがすごい

デビュー作の『つぼみアレンジメント』が雑誌(きららMAX)に載ったということは、相崎うたうさんは出版社(芳文社)に持ち込みをしたということ。

今は、pixivなどにアップされているイラストを見て編集者の方から作者にオファーをすることも増えているらしいので、そちらのルートの可能性もあります。

いずれにせよ、中学生の時点で夢につながる行動を起こしていたのは間違いないでしょう。



その『つぼみアレンジメント』ですが、「どうびじゅ」に比べると、絵はまだ洗練されていない印象があります。それでも充分に上手だとは思いますが……。

もし相崎うたうさんが、「もっと絵が上手くなってから持ち込みをしよう」「ヘタクソと言われたら怖いからネットに上げるのはやめよう」と考えて何もしていなかったら、『つぼみアレンジメント』は雑誌に載らなかったかもしれません。

ひいては、相崎うたうさん自身も漫画家になっていなかったかもしれないし、「どうびじゅ」も生まれなかったかもしれない。「どうびじゅ」が存在しない世界なんて、考えただけでぞっとします。



ライターにも同じことがいえます。

「文章力が上がってからライター募集の求人に応募しよう」「書きたいジャンルについての本を読んで勉強してから記事を書こう」と考えているだけでは、いつまで経っても仕事は増えないし、知識もつきません。

クラウドソーシングでライティングの仕事を探せば、低単価だけどライター未経験(あるいはそのジャンルの執筆実績がない)の方でも応募できる案件がたくさんあります。

単価が低すぎる案件に応募するのはもったいないと、いつもスルーしがちなのですが、そういう記事を書きながらそのジャンルについて勉強する方法もありなのかな、と思いました。

雑誌に持ち込みをしない限りマンガが載らないように、案件に応募をしない限り記事は書けないのですから。


おわりに

恥ずかしながら、私は器が小さい人間なので、若くして成功している人の話を聞くと嫉妬してしまいがちです。

けれど、相崎うたうさんが高校生だった件は、自分でも不思議なくらい純粋に「すごい!」と思いました。

「どうびじゅ」が大好きだからでもあるし、作品全体から感じる優しい雰囲気からして、相崎うたうさん自身もきっといい人なんだろうなと分かっているからだと思います。

作品の内容と作者の人格は別とも言われていますが、性格がひねくれている人に「どうびじゅ」は絶対に描けません。



本当は、この記事のタイトル、「何かを始めるのに、早すぎるということはないし遅すぎるということもない」にする予定でした。

「早すぎるということはない」の話だけでそれなりの文字数になってしまったので、今回はこの部分だけで終わりたいと思います。

「遅すぎるということもない」の部分については、また後日。


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