現代日本に1万人以上いるといわれている無戸籍者。もしもその中に「のっぺらぼう」や「ぬらりひょん」といった妖怪も含まれているとしたら、どんな問題が起きるでしょうか……?
人間に紛れて暮らす妖怪たちと、彼らに戸籍を与え社会進出の手助けをする「怪異戸籍課」の職員たちの日常を描いた、新感覚お役所コメディ『妖こそ怪異戸籍課へ』。ファンタジーでありながらもリアリティを感じさせる世界観が話題となり、連載中の「まんがタイムきららMAX」最新号(2022年1月号)では表紙&巻頭カラーも飾っています。
そして今回、単行本1巻発売を記念して、原作担当の笠間裕之先生と作画担当の柴朗先生にインタビューを実施。本作が生まれた背景や、タッグでのお仕事の進め方などをお伺いしました!
絵を見た瞬間「柴朗先生しかいない」と思った
──本日はよろしくお願いします。作品の宣伝に少しでもつながる記事にできたらと思っています。
笠間
こちらこそよろしくお願いします。他の作家さんに比べて極端に友達が少ないので、僕の代わりにどうぞ『妖こそ』を広めてやってください。
──いやいやそんなことは……。柴朗先生とは以前からお知り合いだったんですか?
笠間
いえ、この作品で初めてお会いしました。新作のアイデアとして担当さんにいくつか案を出したところ『妖こそ』を特に気に入ってくださり、「妖怪ものならこの人はどう?」と推薦していただいたのが柴朗先生です。
──柴朗先生はこれまで芳文社で描かれたことがなかったようなので、どういった経緯で『妖こそ』の作画担当になったのか気になっていました。
柴朗
もともとは他社のアンソロジーに参加したり、別の作家さんのアシスタントをしたりしていました。担当さんは『少女終末旅行公式アンソロジーコミック2』に描いたマンガを見て、絵柄とかが妖怪ものという題材にあっていそうと判断して声をかけてくださったみたいです。
──柴朗先生の絵はかわいくて私も大好きなのですが、「きらら」的なかわいさとはいい意味でベクトルが違う気もします。
笠間
そこは本当に、担当さんのマッチングが見事でしたね。他に候補になっていた作家さんもみなさんお上手でしたが、柴朗先生の絵を見た瞬間、僕も「この人しかいない!」ってビビッときました。原作は同じでも、別の方が作画担当だったら『妖こそ』はまったく違う作品になっていたと思います。
柴朗
きらら向きの絵柄でないことは自覚していたので、オファーをもらったときは人違いじゃないかとびっくりしました。けれど、そのとき読ませてもらった『妖こそ』のプロットがすごく面白くて、この作品を世に送り出すお手伝いができるならと思い切って受けることにしました。
現実の社会問題と妖怪ものがうまく繋がった
──「妖怪たちに戸籍を与える」という設定を思いついたきっかけは何でしたか?
笠間
昔から妖怪ものの作品が好きだったので、自分でも考えてみようとしていたとき、日本に無戸籍者が1万人いるというニュースを見たことをふと思い出したんです。1万人もいるんだ……って、その数字のインパクトがずっと頭の中に残ってたんですよね。
笠間
たぶん妖怪たちも戸籍は持っていないだろうし、どれだけ特別な力があっても戸籍がないと現代社会では生きづらいだろうな、と。そんなふうに、実際の社会問題と「妖怪」という題材がうまく繋がってくれました。
──「妖怪」×「お役所」という組み合わせは斬新だけどどこかリアリティもあって、これまでのきららにはなかった作品だと思います。
笠間
僕も最初はきらら作品に対する固定観念がありまして、新作の案を出すときも担当さんに「女子高生4人のかわいいやつがいいんですよね?」と方向性を尋ねてみたんです。そうしたら、「むしろそういうイメージを壊すようなものを出してほしい」と言われました。
──小林編集長もインタビューで、「きららの概念を壊してくれる」作家を常に求めていると仰っていました。
笠間
きららといえばもっとお堅いイメージがあったんですけど、柔軟にいろんな作品を受け入れてくれるんだなって。それならばと、前からストーリーマンガ用に温めていた『妖こそ』を4コマ向けに調整して提出したという流れです。
──主人公の睦子たちが所属しているのは「怪異戸籍課」で、夏生さんが所属しているのは「妖異対策課」。「怪異」と「妖異」を使い分けている理由は?
笠間
僕の勝手なイメージですが、「怪」はただ「不思議なもの」くらいの意味なのに対して、「妖」は明確に敵意のある感じがします。なので、妖怪たちを手助けする睦子たちの部署は「怪異戸籍課」、悪い妖怪を退治する夏生さんの部署は「妖異対策課」。「警視庁」と「警察庁」みたいに、名前が似ていてややこしいのもお役所っぽいかなと(笑)。
笠間先生と柴朗先生のお気に入りキャラクターは?
──「手の目」や「ペナンガラン」など、マイナー寄りの妖怪が多いのは笠間先生なりのこだわりですか?
笠間
あえてマイナーを狙ったわけではなく、結果的にそうなった感じですね。「手の目」の伊織ちゃんは睦子とセットで登場する機会が多いので、主人公のキャラが食われないように見た目があまり強くなさそうな妖怪にしました。
笠間
ナイワさんのモデルである「ペナンガラン」(マレー半島に伝わる吸血鬼)は、子どものころ読んだ妖怪図鑑に載っていたのがすごく印象に残っていて、僕の中ではマイナーどころか超メジャー妖怪なんです。だから『妖こそ』でも第1話で早速出したんですけど、「ペナンガランって何?」という反応が多くてショックでした(笑)。
──キャラクターデザインは、笠間先生と柴朗先生のどちらが担当しているんでしょうか?
笠間
僕は性格や簡単な服装を考えるくらいで、外見は基本的にすべて柴朗先生にお任せしています。逆に、柴朗先生から上がってきたデザインを見て性格を変えることもありますね。「ぬらりひょん」の饗子ちゃんがまさにそうで、あの見た目にあわせてもともとの設定よりさらに飄々としたキャラクターになりました。
──デザイン面で苦労したキャラクターはいますか?
柴朗
「人虎」のてーちゃん(帝華)はかわいさとかっこよさを両立させるのが大変で、今も作画をするときバランスを取るのに苦労しています。最近やっとコツがつかめてきた気がしますけど、出番が多いのにちゃんと描いてあげられなくて申し訳ない……。
──特にお気に入りのキャラクターは誰ですか?
笠間
フランケンさんとシュタイン博士、それに夏生さんあたりでしょうか。フランケンさんたちは人目を避けて暮らしていた過去があったり、夏生さんも本編で描かれてないところでは凶悪犯罪を担当していて心が荒んだりしているので、生みの親としては幸せになってほしいなと思っています。
柴朗
私は伊織ちゃんです。昔から「目目連」みたいな目の妖怪がなぜか好きで、伊織ちゃんも「手の目」がモデルだと聞かされたとき「よし、絶対かわいい子にしよう!」と気合を入れてデザインしたので思い入れがありますね。
笠間
引き算のデザインというか、伊織ちゃんは見た目にそこまで特徴があるわけじゃないのにちゃんとかわいく見えるのがさすがだなと思います。
柴朗
ありがとうございます! 読者さんにも「伊織ちゃんかわいい」って言っていただけることが多くて嬉しいです。
https://twitter.com/k_siroooo/status/1457467902110621700
『妖こそ』の原作を初公開!
──『妖こそ』の原作はどのように書かれているのですか?
笠間
恥ずかしながら僕は絵がまったく描けないので、テキストベースでセリフや状況説明を書いたものを柴朗先生にお渡ししています。ストーリーマンガのお仕事だと作家さんにコマ割りを考えてもらうことが多いのですが、4コマは各コマの切れ目が大事だと思うので、『妖こそ』ではどのコマに何を描くかまでこちらから指定させてもらっています。
笠間先生の原作(字コンテ)。キャラクターの感情まで細かく書かれている
完成原稿。1・2コマ目の配分が字コンテと少し変わっているが「柴朗先生なら間違いないとわかってるので演出はお任せしています(笠間先生)」とのこと
柴朗
笠間先生は小説も書かれているだけあって、テキストだけでもキャラクターの動きとかがすごくイメージしやすいんですよね。むしろ個人的には、完成原稿よりも原作のほうが面白いと思っているくらいで……。この面白さをなるべく再現できるようにと作画をするときは心がけています。
──「4コマの原作」を初めて見させてもらいましたが、こういう風に書くものなんですね。
笠間
これは自分が勝手に考えたやり方なので、あまり参考にしないほうがよいかと(笑)。僕も他の4コマ原作者の方がどうやって書いているのか気になります。
──柴朗先生は、作画面で特に意識していることはありますか?
柴朗
表情……でしょうか。もちろん笠間先生の原作にも「笑っている」や「怒っている」みたいな指定はありますが、「どうしてこのキャラクターはこの場面でこの表情をしているのか?」という部分は自分なりに考えて答えを出した上で描くようにしています。
笠間
本当は僕がもっと細かく書くべきなんでしょうけど、柴朗先生は「喜怒哀楽」の中間みたいな微妙な感情も汲み取って描いてくださるので、原作者としては大変ありがたいです。
ギャグとシリアスのバランスのいい作品が好き
──子どものころはどんなマンガを読んでいましたか?
笠間
「週刊少年ジャンプ」を昔から毎週買っていて、特に小学生時代は『THE MOMOTAROH』と『ジャングルの王者ターちゃん』が好きでした。どちらも緊迫したバトルシーンの途中で急にギャグを挟むことがあるんですけど、それでいてシリアスな空気は壊れないしギャグもちゃんと面白い。自分も物語を作る側になって、この2作品のすごさをあらためて感じています。
柴朗
私は「月刊少年ガンガン」の『魔探偵ロキ』をよく読んでいました。絵がかわいくて基本的に明るいコメディ作品なんですけど、キャラクターたちはどこかミステリアスな雰囲気もあったりして、そのコントラストが好きでしたね。
──『妖こそ』もギャグとシリアスのバランスが絶妙なので、それらの作品がルーツになっているのかもしれませんね。他に本作を描く上で影響を受けた作品はありますか?
笠間
手塚治虫先生のマンガ、特に『ブラック・ジャック』にはめちゃくちゃ影響を受けました。あの作品にドクター・キリコというライバルキャラがいまして、彼は安楽死の専門医でありながら、だけど助かる見込みがある患者はなるべく助けたいという感情も併せ持っている。今思えば『妖こそ』の夏生さんの原型でもある気がするし、根っからの悪人は出さない、どんなキャラクターにも人間らしい一面はあるという自分の創作理念の基礎にもなっていると思います。
柴朗
妖怪ものという点では、『東方Project』の二次創作を始めたことが大きな転機だった気がします。もともとは京極夏彦先生の小説に書かれているような「妖怪は人間の心の弱さが生み出したもの」みたいな価値観が好きだったので、実は妖怪をキャラクター化する行為に少し抵抗があったんです。だけど東方にはまり、キャラクターのモデルになった妖怪を調べたりするようになってからは、こういう楽しみ方もあるんだって柔軟に考えられるようになりました。
──最後に、単行本1巻の見どころをお願いいたします。
笠間
ネタバレになってしまうので詳しくは言えませんが、連載当時はさりげなさすぎて気づいてもらえなかった伏線がいくつかあったりします。雑誌で一度読まれている方も、単行本で最初から読み直していただくと新しい発見があるかもしれません。
柴朗
私も同じ気持ちです。単行本で初めて読む方はもちろん、雑誌派の方にも楽しんでいただけるようにたくさん描き下ろしましたので。
笠間
本当に、単行本作業は柴朗先生に任せっきりで申し訳なかったです……。ちゃんと寝られてますか?
柴朗
少し前まで締切が重なったりして大変でしたけど、今は落ち着きました。これからどんどん寒くなっていくのでいっぱい寝ます!(笑)
──本日はありがとうございました!
作品情報
>試し読み(きららベース)