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【特集】『スロウスタート』のタイトルに秘められた、3つのメッセージ

篤見唯子さんが「まんがタイムきらら」で連載中の4コママンガ、『スロウスタート』

テレビアニメも絶賛放送中で、スマホゲーム「きららファンタジア」への参戦もすでに決定しています。

それはさておき。この作品のタイトルがどうして『スロウスタート』なのか、考えたことはあるでしょうか?

「主人公の花名が中学浪人しているからでしょ?」と言われればそれまでなのですが、他にもある気がするのです。

そこでこの記事では、作者の篤見唯子さんが『スロウスタート』というタイトルに込めた意味について考えてみたいと思います。

※「篤見唯子さんは別にそこまで考えていない」可能性もありますが、感想やレビュー記事なんてそういうものです。

学校の現代文の、「このときの作者の気持ちを述べよ」という問題しかり…。

ゆっくり進む作品内の時間

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「水着でのお泊まり会」が5話続いたことも。
(引用:『スロウスタート』4巻40ページ)

『スロウスタート』は、いわゆる「サザエさん時空」の作品ではなく、連載期間とは関係なく作中の時間が経過していきます。

ただ、そのスピードが非常に遅い

単行本1巻の第1話は、主人公の一之瀬花名(いちのせ はな)が高校に入学するところから始まりますが、1学期が終わるのは単行本4巻の第38話。

まんがタイムきららでの掲載号でいうと、第1話は2013年7月号、第38話は2016年6月号なので、まるまる3年間、1学期の話が続いたことになります。

夏休み編に入ってからはさらに時間が進まなくなり、2017年10月号から2学期編に突入しました。

『スロウスタート』のタイトルに偽りなし、と感じます。

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「甘すぎるくらいだけど それが今はこんなに嬉しい」。時間をかけて丁寧に描いてきたからこそ伝わる、花名の心の変化。
(引用:『スロウスタート』4巻114ページ)

ここまで時間の進みがゆっくりなのは、花名の性格によるところが大きいのではないでしょうか。

花名は、高校受験の前日におたふく風邪にかかって試験を受けられなかったため、1年間の浪人生活を経験しています。

高校卒業後に浪人して大学に入る人は珍しくありませんが、中学浪人をする人はほとんどいないと言われています。

言ってもたぶん何も変わらないと分かっていても、万が一「変わってしまう」のが怖くて、周りの友達には1歳年上であることを打ち明けられない。

それでもいつか、みんなに本当のことを話したいという想いを胸に秘め、部屋に閉じこもっていた1年前には考えられなかった日々を花名は過ごしています。

クラスメイトに自分からあいさつをするようになったり、両親に友達を紹介するようになったり。

普通の人が当たり前にしているようなことを、花名ができるようになる過程を描くためには、これくらいゆっくりな方がちょうどよいのかもしれません。

適当すぎる会話の応酬

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花名たちのグループのムードメーカー・百地たまて(ももち たまて)。だいたい彼女が話をあちこちに飛ばす。
(引用:『スロウスタート』3巻16ページ)

『スロウスタート』のキャラクターたちが話す会話は、次から次へと話題が変わっていきます。

それらには関連性がほとんどなく、口数の少ない花名などは、今なんの話をしているかについていくだけでも精一杯のようです。

  • 登校中に聞こえてきた小学生の会話の話から、恋愛シミュレーションゲームの話になったり(第17話)
  • 高校の志望動機の話から、古くなったパンツを捨てるタイミングの話になったり(第26話)
  • 教室の暑さの話から、知り合いのおばあちゃんに孫ができた話になったり(第34話)

アニメ公式サイトでも、花名以外のメインキャラクター3人(たまて、栄依子、冠)は「(結構/割と/意外と)適当な事を言う」子だと紹介されています。

篤見唯子さんのTwitterアカウントのプロフィールにも「思い出したように適当な事を言います」と書かれているため、作者の性格を反映しているのかもしれません。

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花名以上に人見知りな千石冠(せんごく かむり)。あまりしゃべらない方だが、割とノリでものを言う。
(引用:『スロウスタート』4巻93ページ)

「スロウ(slow)」という言葉には、物理的な遅さだけでなく、「悠長な」「のんびりした」という意味もあります。

『スロウスタート』のキャラクターたちの会話は、まさしく「スロウ」なものです。

読者の方を向いてもいなければ、むしろ話す相手の方すらも向いていない。

話の流れや、相手の反応なんてものは考えず、頭の中で思いついたことをそのままの順番で口に出していく。

受けなくても別に構わないし、笑ってくれたらもちろん嬉しい。

ナマの女子高生のおしゃべりって、こんな感じなんだろうな…と思ってしまいます。いや、もっとどぎついのでしょうか。

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少しずつ変わっていく乙女心

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「スロスタの主人公?栄依子でしょ」と言われることもあるとかないとか。
(引用:『スロウスタート』4巻8ページ)

『スロウスタート』には、花名の他にも浪人生のキャラクターが登場します。

花名の従姉の京塚志温(きょうづか しおん)は、大学卒業後も就職先が見つからず、一時的に祖父のアパートで管理人を務めています。

そのアパートの住人である万年大会(はんねん ひろえ)は、高校時代は品行方正・成績優秀な生徒会長でしたが、アクシデントで大学受験を受けられなくなってから歯車が狂ってしまい、現在2浪中。

彼女たちもまた、世間一般の人たちから出遅れた「スロースターター」。自らの現状に悩みつつも、決して立ち止まらずに前へ進もうとしています。

しかし、この作品にはもうひとり「スロースターター」がいると思っています。

花名の友達である、十倉栄依子(とくら えいこ)です。

人見知りな花名と対照的にコミュニケーション能力が高く、出会って3秒で…もとい、入学して4日目でクラスメイト全員を下の名前で呼び捨てにするほど。

スロースターターどころか、単行本1巻の帯ではむしろ「クイックスターター」と評されています。

GWや夏休みには分単位でクラスメイト(女子)と遊ぶ予定が入っていたり、少し過激なクラスメイト(女子)に緊縛されて襲われそうになったりするなど、性別こそ違えど、栄依子はハーレムマンガの主人公のような女の子です。

そんな栄依子にもなびかない唯一の女性が、担任の榎並清瀬(えなみ きよせ)先生。

大人の余裕なのか、元々の性格なのか、栄依子がどれだけ人懐っこく話しかけてもまともに取り合いません。

ただ、一生徒としてしか認識していないぶん、榎並先生の栄依子への距離はとても近いです。

汗臭いかどうかを気にする彼女に対して「いいにおい」だと言ったり、風紀検査の名目でスカートをめくったり…。

いつも笑顔を崩さずに飄々としている栄依子ですが、榎並先生といるときは照れた仕草などもするようになっていきます。

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完璧すぎて、時に人間味の薄さを感じさせる栄依子。榎並先生に対しては別の一面を見せることも。
(引用:『スロウスタート』3巻68ページ)

ある日、榎並先生が首にぶら下げているネックレスに、栄依子の目が止まります。

樹脂細工が趣味の栄依子は、母親の経営する雑貨店のレンタルボックスで自作のアクセサリーを売っています。

休日に偶然その店に立ち寄った榎並先生は、栄依子が作ったネックレスを買い、学校につけてきたのでした。

もちろん、誰が作ったかなんて、知っているはずもない。

自分が作ったものを買ってくれた人を初めて見たこと、それが榎並先生であったことに、栄依子の心は揺り動かされます。

気になる相手のふとした一言にドキドキしたり、思ってもみない行動に振り回されたり。

『スロウスタート』は、同年代の女子よりも大人びた栄依子が、少しずつ普通の女の子に変わっていく物語でもあるのです。