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【感想】『はやしたてまつり♪』高坂曇天

作者の取材体験がそのまま作品に

「初めて巌ちゃんの太鼓を聴いたとき、ビリビリと音が体に響いてきて……。叩いているのは一人なのに、まるでお祭りの中にいるみたいでした」

そう話すのは、県立近野江高校新聞部の佐倉桜波。この作品、『はやしたてまつり♪』の主人公だ。

彼女と祭囃子の出会いも、部活動でおこなった取材がきっかけだったという。

「『意外と知らない地元文化』という記事の取材で、和太鼓の名人に話を聞きに行くことになったんです。そのときは、和太鼓やお囃子に興味があったというよりも、初めて取材に連れて行ってもらえる! という嬉しさの方が強かった気がします」

取材を終えて、記事を書きはじめる桜波。しかし、記事に入れようとしていた写真に彼女は違和感を感じる。

「なにか違う気がする、と思いました。お祭りの中で太鼓を叩いているような雰囲気が、その写真からは伝わってこなかったんです。だから、もう一度取材をさせてほしいと先輩のふーちゃんにお願いしました。巌ちゃんの太鼓の音を聴いたときに自分が感じた気持ちを、ちゃんと伝えられる記事にしなきゃいけないと思ったんです」

漫画や小説を制作する際、作者は必ず取材を行う。女の子がおしゃべりをしているだけの作品でさえ、作者は街を歩く女子高生たちの会話に聞き耳を立てたり、実際に学校を訪問していたりするはずだ。

『はやしたてまつり♪』の特徴は、数多くの囃子連に取材を行った作者の体験自体を作品に組み込んでいる点にある。

プロの演奏を聴き、自身も和太鼓を叩き、いつまでも手に残る振動に圧倒される。桜波が感じたその感動は、おそらく作者が感じたものだろう。取材をする側という、本来は表舞台に出ない立場の桜波を主人公にすることで、取材される側――祭囃子の魅力を一層引き立たせている。

女子高生が受け継ぐ日本の伝統

「巌ちゃん」とは、桜波が取材をした「近野江囃子連」の和太鼓奏者・龍谷巌のこと。名前は男らしいが、桜波と同じ高校に通う女の子だ。

「和太鼓の名人だなんていうから、頑固そうな男の人なのかもと思っていたので、同い年くらいの女の子だと分かったときは驚きました。緊張すると目つきが悪くなって、口数も少ないので誤解されやすいですけど、少し人見知りなだけなんです。太鼓と、お菓子の話をしているときはすごく良い顔になって、そんなところも可愛いんですよね」

少子高齢化や、地域の人間関係が希薄になったことで、祭囃子の担い手は全国的に少なくなっている。

近野江囃子連も例外ではなく、現在所属しているのは巌ただ一人であるという。それでもなお、巌が和太鼓を叩き続ける理由は何なのか。

「最初に取材をしたときに見せてもらったんですけど、巌ちゃんの手、女の子なのにごわごわしていました。子供のころからずっと太鼓を叩いてきた時間が、その手に詰まっている気がして……。おじいちゃんに教えてもらった音楽を守りたい、と言っていました。なので、私たちの記事をたくさんの人に読んでもらって、巌ちゃんの太鼓に興味を持ってくれる人が増えたら嬉しいですね」

能天気なだけじゃない桜波の魅力

再取材の甲斐もあり、桜波たちが書いた記事は本人たちも納得のいく出来に仕上がった。そして、その記事を発端に思いがけない出来事が起こる。

「町役場の方が私たちの記事を読んだらしく、商店街の小さなお祭りでお囃子をしてみないかと誘われました。急な話だったので迷いましたが、取材で太鼓を叩いたときの楽しさを思い出して、面白そうだなと。私と巌ちゃん、先輩のふーちゃん、巌ちゃんの幼馴染の月ちゃん。4人で、近野江囃子連を復活させたんです」

準備期間は10日しかない。それでも放課後と休日を使って練習を重ね、本番当日を迎える。だが、演奏の結果は桜波にとって悔いが残るものになった。

「一ヵ所失敗してから、頭が真っ白になって……。その後は、とにかく叩くしかないという感じでした。なんでもっと練習しなかったんだろうと考えると悔しくて、演奏が終わった後に泣いてしまいました。でも、巌ちゃんが『一生懸命がんばったから悔しいんだよ』と言ってくれたんです。覚えなきゃいけないことはまだまだありますけど、次はもっと上手に演奏できるようにがんばりたいと思います」

桜波は、この作品のムードメーカーだ。いつも笑顔を絶やさず、ときには冗談じみた言動をして周りをなごませる。だからこそ、演奏の後に彼女が流した涙には重みがある。

近野江囃子連の活動は、これで終わりではない。次は「都成大祭」という大きな祭りでの演奏が決まっている。記事を書くだけでなく、自らの手で祭囃子の魅力を発信しようと奮闘する桜波。彼女のこれからの活躍に期待したい。